「海外製品の英語マニュアル、自分で翻訳してみようかな…」そうお考えになったことはありませんか?近年は便利な翻訳アプリも増え、気軽に翻訳に挑戦できる環境が整ってきました。しかし、特に専門的な内容を含むマニュアルの場合、ご自身での翻訳には思わぬ落とし穴が潜んでいることも。
この記事では、プロの翻訳者の視点から、英語マニュアルを自分で翻訳する際に注意すべき点と、なぜプロに任せるべきなのかを分かりやすく解説します。
なぜ「自分で翻訳」は危険なのか?
手軽に使える翻訳ツールは魅力的ですが、特にマニュアル翻訳においては、その手軽さが仇となるケースも少なくありません。
翻訳アプリや自動翻訳では通じない理由

翻訳アプリや自動翻訳ツールは、日常会話や短い文章の翻訳には非常に便利です。しかし、マニュアルのような専門性が高く、正確性が求められる文書では、その能力に限界があります。
例えば、
- 専門用語のニュアンスを汲み取れない: 同じ単語でも分野によって意味が異なる場合、適切な訳語を選べません。
- 文脈を理解できない: 前後の文脈や製品全体の知識がないため、不自然な訳文になったり、意図が通じないことがあります。
- 微妙な言い回しや警告の重要度を伝えられない: 安全に関わる重要な警告も、平坦な訳文になってしまい、危険性が見過ごされる可能性があります。
これらのツールはあくまで補助として活用するに留め、最終的な判断は人の目で行うことが不可欠です。
誤訳が技術トラブルやクレームにつながることも
マニュアルの誤訳は、単に「読みにくい」という問題だけでは済みません。最悪の場合、以下のような深刻な事態を引き起こす可能性があります。
- 製品の誤操作・故障: 操作方法やメンテナンス手順の誤訳は、製品の誤った使い方を誘発し、故障の原因となります。
- 事故の発生: 安全に関する警告や注意書きが正しく伝わらないと、利用者が危険な状況に気づかず、思わぬ事故につながる恐れがあります。
- クレームや訴訟リスク: 誤訳によって損害が発生した場合、利用者からのクレームや、場合によっては訴訟に発展する可能性も否定できません。
- 企業や製品の信頼性低下: 分かりにくい、あるいは誤った情報を提供するマニュアルは、企業や製品そのものへの信頼を大きく損ねてしまいます。
自分で翻訳した結果、このような事態を招いてしまっては、元も子もありません。
翻訳者が見てきた「よくある5つの落とし穴」
長年、翻訳に携わっていると、お客様がご自身で翻訳されたり、経験の浅い方が翻訳されたりしたマニュアルで、共通して見られる「落とし穴」があります。ここでは代表的な5つのケースをご紹介します。
1. 専門用語の誤訳(直訳の落とし穴)
最も多いのが、専門用語の誤訳です。特に、辞書に載っている一般的な意味で直訳してしまい、専門分野では全く異なる意味で使われているケースが後を絶ちません。
例えば、IT分野で「false positive」という用語があります。直訳すると「偽陽性」となりますが、セキュリティソフトの文脈では「(実際は問題ないのに)ウイルスとして誤検知する」という意味で使われます。これを直訳のままマニュアルに記載してしまうと、読者は混乱してしまいます。
専門用語は、その分野の知識がなければ適切な訳語を選ぶことが非常に困難です。
2. 文脈を無視した表現(機械的な訳になりがち)
翻訳アプリなどに見られる傾向ですが、文章全体の流れや文脈を考慮せず、一文一文を機械的に訳してしまうと、非常に不自然で分かりにくい日本語になります。
英語の一つの単語が、文脈によって複数の日本語訳に対応することはよくあります。例えば「run」という単語も、「走る」だけでなく、「(プログラムを)実行する」「(会社を)経営する」など、文脈によって訳し分ける必要があります。マニュアルでは、製品がどのような状況で、どのように使われるのかを理解した上で、最適な言葉を選ぶ必要があります。
3. 数値や単位の表記ミス(想定外の事故リスク)
見落としがちですが、数値や単位の表記ミスは、時に重大な事故につながる可能性があります。
例えば、小数点。英語圏では「.」(ピリオド)を使いますが、一部のヨーロッパ言語では「,」(カンマ)を使います。これを混同したり、翻訳時に見落としたりすると、桁が大きく変わってしまいます。また、インチとセンチメートル、ポンドとキログラムなどの単位換算ミスも、製品の仕様を誤解させる原因となります。
特に、薬の投与量や機械の許容範囲など、精密さが求められる数値や単位のミスは、人命に関わる事態を引き起こしかねません。
4. 曖昧な日本語の誤解(主語が抜けて意味が不明)
英語の文章は主語が明確であることが多いのに対し、日本語は主語を省略する傾向があります。そのため、英語から日本語に翻訳する際に、誰が・何がその動作をするのかを意識せずに訳してしまうと、意味が曖昧で分かりにくい文章になってしまいます。
例えば、「Press the button.」という簡単な指示も、状況によっては「(ユーザーが)ボタンを押してください」なのか、「(システムが自動で)ボタンを押します」なのかを明確にしないと、誤解を生む可能性があります。マニュアルでは、誰に向けた指示なのかを明確にすることが重要です。
5. 読み手視点の欠如(誰に伝えるかの設計不足)
マニュアルは、誰が読むのか(ターゲット読者)を明確に意識して作成する必要があります。例えば、専門知識を持つ技術者向けのマニュアルと、製品を初めて使う一般消費者向けのマニュアルでは、求められる言葉遣いや説明の詳しさが全く異なります。
英語の原文が専門家向けに書かれていたとしても、日本語版の読者が一般ユーザーであれば、専門用語を避け、平易な言葉で丁寧に解説する必要があります。読み手の知識レベルや使用状況を考慮せずに翻訳してしまうと、「専門用語だらけで理解できない」「説明が不親切だ」といった不満につながり、マニュアルとしての役割を果たせません。
プロ翻訳者が重視している3つの視点
では、プロの翻訳者は、これらの落とし穴を避けるために、どのようなことを意識して翻訳に臨んでいるのでしょうか。ここでは、特に重要視している3つの視点をご紹介します。
① 誰が読むのか?(ユーザー視点)
プロの翻訳者は、まず「このマニュアルは誰のためにあるのか?」を徹底的に考えます。ターゲットとなる読者の年齢層、知識レベル、製品を使う目的などを把握し、その読者にとって最も分かりやすく、役立つ言葉遣いや表現を選びます。
例えば、小さなお子様向けの製品マニュアルであれば、難しい漢字や専門用語を避け、イラストを多用するなどの工夫が考えられます。一方、医療従事者向けの専門機器のマニュアルであれば、正確かつ専門的な用語を用いることが求められます。
② どこで使われるのか?(現場の実用性)
次に、「このマニュアルは、実際にどのような場面で、どのように使われるのか?」を想像します。緊急時に参照されるのか、日常的な操作確認で使われるのか、あるいは学習教材として使われるのか。
例えば、工場などの騒がしい現場で、作業をしながら参照するマニュアルであれば、簡潔で視認性の高いレイアウトや、重要なポイントがすぐに目に入るような工夫が求められます。また、オンラインマニュアルであれば、検索のしやすさや関連情報へのリンクなども重要になります。
③ どんなミスが命取りになるのか?(リスク管理)
そして最も重要なのが、「翻訳ミスが、どのようなリスクにつながる可能性があるのか?」を常に意識することです。特に、安全に関する警告、操作手順、禁止事項などは、誤訳が人命に関わる事故や重大な損害を引き起こす可能性があるため、細心の注意を払って翻訳します。
単に原文の意味を伝えるだけでなく、その情報が持つ重要度や危険度を正しく読者に伝えられるよう、言葉の選び方や表現のトーンにも気を配ります。必要であれば、原文よりもさらに強調したり、補足説明を加えたりすることもあります。
翻訳を依頼する際に気をつけたいこと
もし、英語マニュアルの翻訳をプロに依頼することを検討されるなら、よりスムーズで質の高い翻訳を実現するために、いくつか事前に準備しておくと良いことがあります。
翻訳者に伝えるべき情報一覧
翻訳を依頼する際には、原文となるマニュアルだけでなく、以下の情報をできる限り翻訳者に伝えましょう。これにより、翻訳者は製品や読者への理解を深め、より適切な翻訳を行うことができます。
- 製品に関する情報: 製品名、型番、製品の概要、特長、使用目的など。可能であれば製品の現物や写真、デモ動画などがあると、より理解が深まります。
- ターゲット読者: どのような人がマニュアルを読むのか(例:一般消費者、技術者、子供、高齢者など)。
- マニュアルの使用目的・使用場面: 何のために、どのような状況で使われるマニュアルなのか(例:初期設定用、トラブルシューティング用、定期メンテナンス用など)。
- 希望する訳文のトーン&マナー: 親しみやすい感じ、堅実で正確な感じなど、希望する文体があれば伝えましょう。
- 納期の希望: いつまでに翻訳が必要か。
- その他特記事項: 特に注意してほしい点、強調してほしい箇所などがあれば具体的に伝えましょう。
参考資料や既存訳との整合性
もし、以下のような資料があれば、翻訳者にとって非常に有益な情報となります。
- 用語集(グロッサリー): 社内で統一している専門用語や、特定の訳し方を希望する単語があれば、リストにして提供しましょう。
- 過去の翻訳物: 以前に同じ製品シリーズや関連製品のマニュアルを翻訳したことがあれば、その翻訳物を提供することで、用語や表現の統一性を保つことができます。
- 競合他社のマニュアル(参考として): 業界で一般的に使われている表現や、ターゲット読者に受け入れられやすいスタイルを把握するのに役立ちます。
- スタイルガイド: 企業や製品ブランドで定められた文章表記のルール(例:句読点の使い方、数字の表記方法など)があれば共有しましょう。
これらの情報が多いほど、翻訳の精度は高まり、手戻りのリスクも減らすことができます。
まとめ|専門性の高いマニュアルはプロに任せるべき理由
ここまで、英語マニュアルを自分で翻訳する際の危険性と、プロの翻訳者が重視する視点について解説してきました。
確かに、翻訳費用はかかるかもしれません。しかし、専門知識と経験を持つプロの翻訳者に依頼することで、以下のような大きなメリットが得られます。
翻訳費用以上の信頼性と安全性が得られる
プロによる正確で分かりやすい翻訳は、製品の誤操作や事故のリスクを大幅に軽減します。これにより、クレーム対応や訴訟にかかるコスト、そして何よりも企業や製品ブランドの信頼失墜といった、翻訳費用をはるかに上回る損失を防ぐことができます。
また、質の高いマニュアルは、顧客満足度の向上にも繋がり、製品の長期的な利用やリピート購入を促す効果も期待できます。目先の費用だけでなく、長期的な視点で考えれば、プロへの投資は決して高くはないはずです。
問い合わせはお気軽にどうぞ
もし、英語マニュアルの翻訳でお困りのこと、ご不安なことがございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。専門の翻訳者が、お客様のニーズに合わせた最適な翻訳プランをご提案いたします。